■2012年05月29日(火)16:06  どしどし更新
●北康利氏(作家)
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  福澤諭吉は、「この人民にしてこの国家あり」と説いている。
国のレベルは国民のレベルの反映である。

吉田茂が優れていたとすれば、
その時代の国民が優れていたのである。
ゆえに国に不満を言う前に、
まず我われ国民が目覚めなければならない。



●山崎亮氏(studio-L代表、地域再生などに携わる)
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  やっぱり、若い人が宝だって気がするんですよ。
  もちろん自分もまだ若いつもりですが、
  これからの日本をつくる人を変えていかないと、
 いくら復興といっても掛け声だけになってしまう気がするんです。



●月尾嘉男氏(東京大学名誉教授)
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台風や地震が襲来する
  過酷な自然環境の中で二千年以上生活してきた日本人は、
 その自然と共存しながら社会を維持してきた文化こそが
 自身の精神的基盤にあることを知るべきである。



●井上新甫氏(思想家)
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  火の傍に物があれば自然に乾くように、
  水の傍に物があれば自然に湿るように、
  相手をして自ずから変えていくのが、
  教師をはじめ、
 各界の指導的立場の人たちの責務です。



●土屋秀宇氏(日本幼児教育振興会副理事長)
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   日本人の原点は何かと考えた時、
  それは一つには目に見えないものへの畏れと
  感謝であると思います。

■2012年05月29日(火)15:15  久しぶりに更新です
      「出征の日に従弟が教えてくれたこと」
       
       
          松原泰道(「南無の会」元会長)
          『致知』2009年5月号
               巻頭の言葉より

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私の従弟は、縁あって私の寺で出家をし、
弟弟子になりました。

ところが、彼は私もお世話になった
岐阜の瑞龍寺で修行中に、陸軍の召集令状を受け取ったのです。

昭和19年秋、名古屋の師団から訪れた
従弟の出で立ちを一目見て、
私は彼がこれから出征することを悟りました。
果たして従弟が口にしたのは別れの挨拶でした。


「長い間お世話になりました。
これでお別れでございます。
どうか兄さん、お体を大事にしてください」


上京の途中で空襲がひどく、到着するまで
時間を費やしてしまったので、
すぐに帰隊しなければならないというのです。

それではあまりにも寂しい別れです。
たまたま彼がお茶好きだったことを思い出し、


「急いでもらい合わせの精茶の玉露を淹(い)れるから、
詰めていきなさい」


と、彼の水筒を引きよせようとしましたが、彼は


「結構です」


と言う。私は寂しくなり、


「兄弟がこれで別れるという時に、
遠慮なんかするものじゃない。
水筒を出しなさい」


 と命じると、


「兄さん、自分は衛生兵です。
衛生兵の持つ水筒は、私用に飲むためではありません。
怪我や病気をした戦友のために預かっているのです。

傷病兵には冷たい水や濃い緑茶の類いは毒です。
いただけるのでしたら台所に残っている番茶を
お願いします」


と。それが今生の別れとなりました。
彼が出征したサイパンは、9月18日に玉砕したのです。

たとえ自分の持ち物でも、
自分のしあわせのためだけに使うのではなく、
人様と分かち合う。

そうしたたしなみが、かつての日本には
軍隊にまで浸透していました。

私たちも、こうした相手を思いやる気持ちを
持ちたいものです。

これは人にお茶を勧める時も同様です。
ただ形式的にするのではなく、
相手のしあわせを念じてお勧めしてこそ
意味があるのです。

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