2012年06月14日(木)08:30
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「わが人生の師」
童門冬二(作家)
『致知』2012年7月号 連載「20代をどう生きるか」より
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目黒区役所には13年奉職したが、 そのうちの11年は税務課での仕事であった。
私が徴収を担当していた住民税は、 誰にでも一律の額が課税される均等割と、 所得に比例して税が加算される所得割の2つから構成され、 滞納者のほとんどは均等割しか課せられていない低所得の人たちだった。
そういう家を訪ねていくと、 ギャーギャー泣いている赤ん坊を 何人も抱えている母親や働きたくても 仕事がない人たちばかり。
あまりに困窮した暮らしぶりに 税金を立て替えたこともあった。
納税義務者の生活実態を目の当たりにして、 そういう人たちの血の涙のおかげで、 たとえ安くても給料をもらっているんだなと思い、 決して生半可な生き方をしてはいけないと 心に誓ったことをいまでも覚えている。
ただ、当時は、食料や衣服などがもの凄く不足していたため、 私は夏になると、ランニングシャツにズボン、 下駄という格好で仕事をしていた。
それを見ていた区議会議員が、ある時の区議会で、
「公務員は主人である区民に対して 礼儀を尽くさなければならない。 しかるに税務課のあの若い職員の服装は何事か」
と、糾弾してきたのだ。 これに対して、答弁に立ったのが 私の第2の師である君塚助役である。
「先生のおっしゃることは一言の弁明もできません。 ただ、先生はその職員が月いくらもらっているかご存じですか。 我われでさえ、頭を下げざるを得ないほど薄給でございます。
もしも先生が、本当に住民のための 公務員のあるべき姿をお考えでしたら、 せめて若い職員がワイシャツ1枚、 ネクタイ1本買えるほどベースアップしてやってくれと、 こうおっしゃったらその職員も 如何ばかり喜んだことでございましょう」
私は傍聴席で聞いていて、感動のあまり涙が止まらなかった。 | | |