2012年10月19日(金)09:18 
◆ 日本人を日本人たらしめた「教育勅語」
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 今年7月30日で明治天皇が崩御されてから100年が経ちました。
 その即位から始まり、
 明治期は日本にとって、
 まさに激動の時代だったといえます。
 維新後、
 開国とともに日本に流れ込んできた
 西洋文明や自由民権思想によって
 皇室や日本的な精神文化を軽視する向きが強くなりました。

 知識人の間では鹿鳴館(ろくめいかん)で踊ることが
 西洋的・近代的であるとされ、
 中には日本語廃止論を唱える者まで現れたのです。
 この価値観の混乱を憂えたのが明治天皇であり、
 本書ではそのご下命を受けた
 井上毅(こわし)がいかにして「教育勅語」を起草したのか、
 彼の人生を通してそこに込めた思いが描かれています。
 国を一つにまとめるには、
 まず「日本の国のかたち」は何かを突き止めなければなりません。
 『古事記』や『日本書紀』など
 国学を中心とした古典研究に
 猛烈に取り組んだ井上は、一つの気づきを得ました。
 それは、「しらす」という
 天皇の徳に基づく治世こそ日本の国体であり、
 これを守ることが国民教育の土台であると考えたのです。
 そこから草案を作成、
 「天皇の師」といわれた元田永孚(もとだ・ながさね)に教えを請い、
 約1か月に及んで何度も修正に次ぐ修正を重ねた結果、
 明治23年10月23日、明治天皇の御名で「教育勅語」は発布されました。
 それから長く国民教育の指針であったにもかかわらず、
 昭和20年の敗戦を契機に日本社会から葬り去られた「教育勅語」。

 現代日本の様ざまな事件や問題を鑑みると、
 明治初期と同等かそれ以上の価値観の混乱は否めません。
 そこに楔(くさび)を打つべく、
 いま再び精神的支柱として「教育勅語」の復活を望む声もあります。
 「教育勅語」起草の真実を知ることが、
 日本の精神復興の第一歩に繋がるかもしれません。

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